あぽやん
2013-10-16


新野剛司
文芸春秋   700円

「空港」(Airport)を略しAPOというそうで、
そこから転じて「アポ」、空港に勤務するサービス要員は「あぽやん」。旅行代理店の人々を指す業界用語なのだそうだ。
「あぽやん」という言葉があることを、知らなかったのだ。
タイトルを見ても、あまり意識していず、手に取ることもなかったので、まったくもって、恥ずかしながら、ずっと勘違いをしていたのだ。
大阪では「あほやん」という言い回しがされる。
きっとそれをもじった『あぽやん』だと思っていたのだ。
もともと、あまりテレビを見ないから、
『あぽやん〓走る国際空港』というドラマがあるのはは知っていた。
本屋に並ぶ『あぽやん』が、その原作だとも知っていた。
でも、見ないし、読まなかったから、
前述のように勘違いしたまま、空港に出没する、
ちょっと困った人たちのものがたりかと思い込んでいたのだ。
われながら笑ってしまう。で、読んでみたら、読ませるじゃないか。

大航ツーリストに勤める遠藤は、
本社勤務から空港勤務しまわされてしまう。
空港勤務は、営業の第一線ではないため、左遷されたような気分でいる。
旅行会社の空港勤務というのは、いわばトラブル解決屋である。
予約消滅、パスポートの不所持、不法行為の防止など、
トラブルの種はいっぱいある。
営業のミスなどの手当もしなければならない。
ミスがあっても、気分よくお客様に旅立っていただく。
そのために気を使う仕事である。
遠藤は、本社返り咲きの為にもしっかり働こうと思っている。
それが同僚の足並みを乱すこともたびたびである。
それでも、遠藤なりのまじめさで業務に取り組み、
他のスタッフとの軋轢も少しづつ無くなり、
遠藤自身も空港勤務のだいご味を知り、
成長していくという物語になっている。
個性豊かな先輩スーパーバイザー、スタッフ、
少し困った顧客から、横暴な現場との応酬など、
著者自身の空港勤務の経験が生きる、お仕事小説となっている。

小説は面白いものであるが、それよりも面白いのは著者の経歴。

大学卒業後、旅行会社に就職し成田で空港係員を経験し、
その後本社勤務をした。その間、辞めたいと思っていたとのことで、
突然に退社し、失踪する。作家になると決めホームレスになる。
同時に、戸川乱歩賞受賞を決意したという。
始発電車やカプセルホテルなどで寝泊りする生活を続けながら、
『八月のマルクス』を書き上げ、
同作で回江戸川乱歩賞を受賞し作家生活に入っている。
作家となってから、
ホームレスでいるときも親交を保っていた元あぽやんの妻と結婚した。
父親が航空会社に勤務、祖父はパイロットだったということで
「家系が”あぽやん”」だと話す。

これを、いくらか肉付ければ、十分一冊の作品になりそうに思う。
「あぽやん」で語られる数々のエピソードは、
著者自身の経験と家族からの伝聞のたまもの、という面もあろう。
「あぽやん」は、本来ミステリが主戦場らしい著者の新境地となる。
少しは謎解き要素も残しているが、
基本は人と人の間の心の機微がテーマになる。
恋もあり、出世欲だとかも含む。こういうの、きらいじゃない。

この作品を読んで頭に浮かんだのは、
石森章太郎の「ホテル」だ。
勤務場所の違いこそあれ、
サービス業という仕事に向き合う人々の人間模様が、
さまざまなドラマを作り出している点は共通している。
[読書]

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