ハードボイルド・エッグ
2010-09-14


萩原浩   双葉社   695円(税別)

荻原浩は1956年生まれで、大学卒業後、広告制作会社勤務の後、コピーライターを経て、1997年『オロロ畑でつかまえて』で作家デビュー。同作品は第10回小説すばる新人賞を受賞している。なかなかヒット作が出ない時期が続いたが、2005年に、若年性アルツハイマーをテーマにした『明日の記憶』が、第2回本屋大賞の第2位、第18回山本周五郎賞にも輝きスマッシュ・ヒット。同作品は渡辺謙主演・プロデュースで2006年に映画化された。(Wikipediaより参照)

『ハードボイルド・エッグ』は1999年に発表された作品だ。主人公の設定も魅力的なのに、発売当初はさほど話題になっていなかったようだ。もっと注目を集めていても良かったと思える作品だ。

チャンドラーが想像したフィリップ・マーローは、ハードボイルドと呼ばれる作品群の原典とも言える。『男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない。』あまりにも著名な人物造形が読者を魅了している。

「ハードボイルド・エッグ」は、マーローと出会ったこことで、いじめられていた過去から脱却した最上俊平が主人公となる。

マーローが孤独であったように、最上俊平も孤独である。33歳の最上は、勤めていた会社も辞め、探偵こそ我が天職と思い定め探偵事務所を開設する。国際的な陰謀に立ち向かう孤独な探偵を夢見ながらも、舞い込むのはペット捜索の依頼ばかり。そう、最上はペット探偵となっている。ペット捜索に関しては実績もあり、それなりの優秀さを持っているのだが、マーローへ傾倒するあまり変人扱いされたり、マーロー気取りからいらぬ悶着を起こしたり、なかなか波乱に満ちた日々をすごしている。理解者というか、やはりハードボイルドかぶれのバー店主・Jとの会話など、マーローをモチーフにした諧謔とも映る。

全編を通して、最上の頭の中のありようと、現実の最上の行動のずれが笑いを誘うのだけれど、結果として最上の行動はマーロー以上のハードボイルドな生き方となっている。

本作では、ダイナマイトバディの美女と思って雇った綾という老女と伴に、人を噛み殺した犬の珍捜索を開始する。その過程は笑いを誘うものの、結局はハードボイルドな生き方になっている。

事件解決後の後日談は涙を誘う。

最上は、まさしく、ハードボイルドの正統的な探偵なのだ。これほど金にならないことばかりをしている損な生き方はない。現実と理想の狭間にある落差が、より最上の存在を際立たせる。

タイトルだが、かたゆで卵の正式な呼び名なのだろう。でも、ぼくには「ハードボイルド的な生き方の卵」という意味に思える。最上の心のありようが剥かれて行く様に思えるのだ。
[読書]

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