いちばん初めにあった海
2011-01-17


加納朋子  角川文庫   552円

推理作家とされる加納朋子だが、
この人の作品では殺人事件などおきない。
もしかしたら、他の作品では、そうした作風もあるのか知らないが、
これまで読んだものでは見当たらない。
といっても「掌の中の小鳥」
[URL]
のほかには「ささらさや」と「モノレールねこ」しか読んだことはない。

いづれもちょっとした日常の中の謎を扱っている作品で、
謎解きよりも登場人物たちの心の動きをさらりと見せる、
そういうことに力点が置かれていると感じる。

だからなのか連作短編が多い。

この作品は中編といってよい長さだ。
150ページほどの表題作と、
それよりは小ぶりな「化石の樹」の2編が収められる。

表題作のほうは、心の傷の大きさから、
ある種の記憶喪失といってよいのだろう状態の女性が主人公。
人はあまりの衝撃を受けると記憶を書き換えることがあるようだ。
そうした記憶が、ある言葉から再生されていく様を描く。
過去と現在が交互に語られる中で、
彼女の謎が暴かれていく。
そこにある二人の感情は、
そういう関係性が、奇跡だけに、すがすがしいと感じる。
ちょっと時間軸に不思議を感じたけれど、佳作。

「化石の樹」は青年の語りで進められる。
古木の中に挟まれていた手記は、
ある保母が記していた一組の親子のことが書かれていた。
保母は、幼さを残す美しい母親と、
笑顔を忘れた少女のことをつづっていた。
不幸な事故によって母親が転落死した日までを。
ある疑惑を抱きながら。
保母は記憶を樹に託していた。
そのノートは樹の再生を手がける職人によって、
樹から取り出された。いろいろな不思議なものと一緒に。
職人のもとでアルバイトをしていた青年が、
縁があってそのノートを託され、
そこに秘められていた手がかりを追う。
そして保母の記録の核心に思い至るのだ。

ある少女の子供のころの記憶に新たな光が与えられた時、
少女は解放されることになる。
新しい恋と一緒に。

加納明子の作品を推理小説という風には、
僕には読めません。
[読書]

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