恒川光太郎 角川ホラー文庫 514円
2005年度日本ホラー小説大賞受賞作。
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すごい。すごい。
この作品こそ、日本のホラーのあるべき姿だとおもう。
血も吹き出さないし、臓物を撒き散らしもしない。
怪物が人を襲うという恐怖、単純に物理的に怖いホラーではない。
情念の世界、怪談を純粋に昇華したような感覚である。
大賞を受賞した「夜市」以外に「風の古道」という中篇を収録する。
表題作より「風の古道」のほうが僕には好感が持てた。
「夜市」は、妖怪たちが開く、望むものがなんでも買える「市」が舞台だ。
学校蝙蝠が「夜市」の開催を知らせる冒頭から異界に引きずり込まれる。
子どものころ、弟と一緒に「夜市」に迷い込んだ裕司は、
弟と引き換えに野球の才能を買ってヒーローとなっていた。
しかし、罪悪感から高校を中退しフリーターとなっている。
「夜市」の開催を知り、弟を買い戻すため、
いずみという恋人を連れて「夜市」を訪れることにした。
日常から非日常へ読者はずんずん運ばれていく。
祭りの裏の不思議の空間、にぎやかなのに妙に寂しい、
そういう祭りの風景が簡潔な文体で表されている。
子どものころには見えていたはずの祭りの裏の恐怖が、
恒川氏の脳裏からあふれ出してきているのだ。
弟を売った人攫いに出会い、裕司は交渉をする。
弟の価値に見合うものは、同じような人の命でしか贖えない。
いずみの一瞬の驚愕も、その後の展開も美しい。
幻想的な雰囲気を漂わせながら、感動的な結末を見る。
「風の古道」は、常人の目からは隠されている、
この世のものならぬ者たちの道が舞台となる。
幼い頃、小金井公園で迷子となり途方にくれていたところ、
優しい手が一本の道を指し示してくれた。
「夜になったらお化けが出るからまっすぐお帰り。」
無事に家に帰りついた「私」はその道のことは話してはいけないと思っていた。
そうして数年が過ぎ、親友カズキに道のことを話してしまう。
カズキに誘われ道に踏み込んだ「私」たちの冒険を描く。
古道は現世から隔絶した存在である。
普通の人間からは隠されている。
この世のものならぬものたちのための道なのである。
「私」とカズキは興味本位で踏み入れたものの、
現世に戻れずにいたところをレンという青年に会い、
手助けを受けることになった。
古道で生まれ古道でしか生きられないレンにつれられ出口を目指す。
まもなく出口というところでレンと曰くありげなコモリと出会う。
そうして事故が起きた。
カズキがコモリの放った銃弾に傷つき死んでしまうのだ。
レンの話によれば古道のどこかにある寺では、
死者を生き返らせることができるという。
「私」はレンと伴に、その寺を目指す旅をする。
旅のまにまのレンとの話が、忘れてしまっている怖れを暴いていく。
けしてハッピーエンドではないが、悲劇でもない。
生きていることがいとおしく思える奇跡の作品だ。
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